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ここは「文風月」内、FF置き場です. カテゴリに作品名が入っていないものは「八雲」
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2011年02月11日 (Fri)
locaさまよりお借りしました


あいうえお44題


る : 涙雨の午後

予想してた方には拍手(笑)


天探です。

タイムラッシュから一年後を書いてみました。

真志と山+公



あの日、雨は降っていた。


多くの人が流した涙が雨になったように…。


      ※


一年なんて、あっという間だった。


「明日は、出かけるぞ。」
山縣のその言葉に三者三様の反応をよこした。
昼食を終えて、それぞれが席を立つタイミングを伺っているころ。
「なに?どっか遊びに連れてってくれんの?」
真田は声を弾ませてそう聞いた。
つい昨日、入っていた仕事が片づいたところだった。
息抜きが少しぐらいあってもいい…っと思っていたころだった。
「馬鹿ね、そんなわけないでしょ。山縣さん、仕事?」
そう言ったのは公香だった。こちらはもう少しだけ食事が残っている。
志乃は首をちょこんと傾げただけだった。
「墓参りだ」
山縣のその言葉に真っ先に反応したのは、志乃だった。
そして公香も何のことかがわかったようだったが…
「墓参り?誰の?」
真田は分からずに、そう問うた。だが数秒後、後悔することになる。
「中西克明の…だ。」
その名前を聞いて、さすがに真田の表情が曇った。
「…志乃…」
明らかな、作り笑いと分かる…ぎこちない笑みだった。
「ありがとうございます…山縣さん…でも」
「…俺がいくだけだ。一緒に行くなら、そのつもりで」

食事と会話の終了を告げるように、山縣は席を立った。



      ※


雨の午後は…何となく、怠惰な気分になる。
それが仕事のない午後ならなおさらだ。
いや、実際デスクワークはあるのだが…そんな気分ではない。
応接室とは別に、仕事用の部屋がある。
各の作業机があるその部屋に、山縣を除く三人がいた。
山縣は、気を使ったのか、自分の部屋にいる。

だが……
それぞれ…仕事には集中できていない…。
志乃は帳簿をつけているはずだが…電卓の音は全く聞こえてこない。
窓の外を…ぼんやりと見ていた。

真田は隣の席でなにやら機械をいじっているが…それは表面だけで…
視線は志乃の物憂いげな横顔に注がれている。
見ているだけで、声をかける勇気はないらしい。

公香は公香で処分しなければならない書類の整理をしている。

その空気に耐えられなくなったのか…真田は立ち上がった。
「…バイクのメンテにいってくる。」
「はいはい。」
まったく、こんな状態の志乃ちゃんを置いていくなんて、だめね。
公香は真田の背中にそう視線を投げかけた。

これが終わったら、コーヒーでも入れよう。
そう思いながら…作業に没頭した。


     ※


あの日も、雨だった…。
明日が…父の命日であるなら…。今日は運命が変わった日だった…。
いや、彼が変えてくれた日…。

一年立っても、あの時のことは忘れられない。

雨が降ってきたときの、息が詰まりそうになる緊張感。


そして…繋がらなくなった携帯電話……。

携帯電話の沈黙が、あんなに怖いものだと思わなかった。

滅多になることのない、携帯電話なのに…

あのときだけは、怖くて怖くてたまらなかった。


物言わぬ携帯。
雨の音だけが耳朶を打つ。
普段気にしないのに、こんな時だけ耳に響く…。

死のカウントダウンのように、雨が強くなっていく…


巻き込んでしまったのは自分で…

それなのになにもできなくて…

足が動かないことに対していらだちが募る…


気持ちの問題というなら、何故いま動かないの!


その自問自答を続けた。


心配で、苦しくて、でもなにもできなくて…

ごちゃ混ぜの感情をいっそ吐き出してしまえれば楽なのにそれもできなくて…体の中が飽和状態だった。


「葬式じゃあるまし、暗い声出すなよ。」

その声をどれだけ聞きたかったか…たぶん、彼は知らない。

ため込んでいたダムに、穴があいたように…

その言葉で涙があふれだした。

電話での…短いやりとりを終えて。

窓から空を見た。雨は小降りになってきた。

もう少しで雨は止むのだろう…。

雨の音で聞こえない間だけ、泣かせてください。

安堵なのか、後悔なのか…自分でもよく分からないけれど…。

小さな嗚咽とともに、涙を流した。

もうしばらく、しとしとと雨が降っていた…


      ※


真田は宣言通りにガレージにいたが…バイクに座っているだけで、メンテナンスをしている風はなかった。
それどころか、ライターの擦り石を親指で弾いている。
「恋する青年は悩めるお年頃ね。」
そんな声で、入り口に公香がいるのに気が付いた。
「…何だ、公香か…」
正直安堵した。志乃だったら…どう声をかけていいか分からない…。
「まったく、志乃ちゃん放り出した上にさぼってんじゃないわよ。」
「放り出してねぇし、さぼってねぇよ。」
子供のように鸚鵡がえしで真田は反論した。
「愛しの志乃ちゃんが泣きそうになってたわよ。」
「え?」
真田が反応したのは「愛しの」なのか「泣きそう」なのか…
「じゃ、伝えたから、せいぜいうまくやりなさい。」
「ちょ。なんだよそれ!?」
「志乃ちゃんをい慰めるのはあんたの役目でしょ。」
「役目って…」
そりゃ、互いに好きあって…つきあってはいる(つもりではある)が…そう言う言い方はないだろう。
「じゃぁね。」
公香はにんまり笑って、手を振って踵を返した。
「お節介だな。」
真田がそうつぶやいたのは、幸いにして、公香には聞こえてなかった。



コーヒーがいるか否かを聞こうと思ったのだが、忘れていたことに気が付いた。
まぁ、いいか。ほしければ自分で入れるだろう。
公香はそう思いながら、キッチンへ向かった。
豪邸の名残やたら高そうなミルやサイフォンやら…よく分からないものがあるが…インスタントコーヒーである。
カップを二つ出して…それぞれ入れていく。
山縣とはもう長いつきあいだ。好みは熟知している。
トレーに乗せてキッチンを出た。

不意に、耳に雨の音が聞こえてきた。

あの日も雨…だったな…。

アスファルトを打つ雨。
服を濡らす雨。

彼のシャツが赤く染まっていく。
無色の雨水が赤く染まっていく。

死なせたくない。失いたくない。

さらに昔の記憶が呼び覚まされそうになって、頭を降った。
私は、池田公香…だ。
そして、池田公香の親は間違いなく、彼だ。

山縣の部屋の前まできて…深呼吸をした。
察しの良い彼は、きっと気が付いてしまうから。
「山縣さん。入ります」
「あぁ。」
と、すこし眠そうな声が聞こえてきて…公香はドアをあけた。
山縣の私室…ではあるが、あまりものはない。
車いす生活の志乃と良い勝負である。
「三時だからコーヒー入れました。」
「あぁ……ちょうど、ほしかった頃だ。」
眠そうな目を…細めて、彼は笑った。
「…志乃はどうしてる?」
公香から、コーヒーを受け取りながら、山縣はそう聞いた。
「…ぼんやりしてたわ。真田に発破かけといたからどうにかすると思うけど…」
「…まぁ、そうだな。」
コーヒーを一口のんで…山縣は満足げに笑った。
それが、嬉しかった。
そして徐に、窓の外を見た。
「…明日も雨かな…」
「…天気予報では明日まで残るみたいですよ。」
公香もつられて、視線を窓にやる。
「……嫌な雨だな。」
「…そうですね。」
あのときは…左脇腹だったな…。
たしか左腕をつってたときもあったっけ。
そして…結局…。
リモコンを出すために、手術したんだっけ…。
私を人間に戻してくれた。
腹をかっ捌いてまで、私を助けようとしてくれた…。
「ねぇ。山縣さん。」
「どうした?」
結構、ずうずうしいお願いだと…思ったが、それが本心だった。
「…もし探偵事務所がつぶれても、山縣さんに付いてっていい?」
「公香…?」
驚いたように、山縣は隣の公香を見た。
山縣に名前を呼ばれるのが好きだった。
「…つぶれることを前提で話をするのか…」
山縣は苦笑気味にそういって、間を空けるためにコーヒーを飲んだ。
「だって、真田も山縣さんも怪我しすぎだし。家がこんなにでかいと維持費だって大変だし。」
公香がそう言ったら…山縣はまた苦笑いした。
「そうだな…。事務所がつぶれた時か…」
コーヒーを飲み干して山縣は口を開いた。
「それは、公香が決めることだ。好きにしたらいい。」
その一言がどれだけ嬉しいか…たぶん、彼には分からない。
本当に、嬉しい。
そう思いながら、窓の外を見た。
空が…少し明るくなっている。
「…雨が止みそうだな。」
「…ほんとね。」

涙雨は、もういらない…。

「明日晴れると良いな。」
「そうですね」


      ※


この一年は、濃い一年だったと…思う。

すんでいる場所は変わらないのに…環境は大きく変わった。

いろんな人と知り合った。

沢山、泣いた。
沢山、笑った。
沢山、悩んだ。

それでも…充実した一年だった。

でも…足はまだ、直らない…。

足が動けば…自由に歩いていける。

自由に歩きたい…。

そうすれば…いつでも彼に会いに行ける…。

真田に会いたい…

と思っていると、ドアが開いた…。

「志乃…。」
「あ、真田…君。」
顔だけそっちに向けて…志乃はそう言った。
「…バイク大丈夫ですか?」
「ん、まぁ…」
メンテナンスどころじゃなかった…とは言えない。
泣いてないのが安心だった。
真田は、自分の椅子を引っ張ってきて、志乃の横に座った。
「…大丈夫か?」
「……大丈夫ですよ。」
志乃は…静かにほほえんだが…目は涙で潤んでいた。
「……泣きたいなら、今なら胸、貸してやるぜ。」
にやっと、笑って…真田は親指で胸を叩いた。
「………………。」
一年前、同じような言葉を言われた。
一年前とは…関係がちょっとだけ進展した。
そしてその申し出は…嬉しかった。
「少し、貸してください。」
手を伸ばすと…真田は嬉しそうに笑った。
そうして、車いすのブレーキをはずし、向きを変えた。
「いらっしゃいませ。」
ニヤリと笑って、両手を広げた。
「……おじゃまします。」
黒目がちな目がから涙が落ちた。真田は、黙って目の前にある…黒髪をそっと指で撫でた。
知らない世界に飛び込んできて…
人質になったり、爆発に巻き込まれたり、けがもした。
志乃はよくがんばった。ほんとに。
「……。私…」
「うん?」
「変われて…ますか?」
「……もちろん。」
「でも…足はまだ動きません…。」
「…少しずつやって行けばいいんだ。焦らない」
「………。」
「明日、墓参りに一緒に行っていいか?」
「……はい。」
「…話してたら、泣けないな…悪い。」
「いいえ…。」
真田のその言葉に、志乃は首を振った。
「いいえ……」
シャツが、ぎゅっと握られた。
「…………。泣いて良いぞ」
なにに対しての涙なのかはわからない。
それでも、その一言が…さらに涙を誘った。

さっと…雨が少し…強くなった。


涙雨の午後…だった。



翌日。
中西家の墓がある墓地へ向かった。
だが、天気はあいにくの雨…。
「雨…だな。」
「……。私、車でまってます。」
「…………。」
真田は少し考えて…後部座席から降りた。
そうして、傘をさして…志乃に向き直った。
「志乃、手出して。」
「?」
言われるままに腕を伸ばすと、その傘を握らされた。
そうして…ふわりと身体が浮いた。
「さ、真田君っ!?」
お姫様だっこ…だと気がついて顔が赤くなる。
「志乃。ちゃんと傘さして。」
「…うっ…はい。」
あわててその指示通り、傘を持った。
「右手、首に回して、体起こす感じで。」
「………。」
抱き上げられてしまったからには…従うしかない。
「OK。行こうか」
どうにかこうにか、傘の中に収まるように抱えられた。
「……お願いします。」
「お墓の前でいちゃつかないのよ。」
「いいだろ。元気にしてるって報告しなきゃ、な。」

なっと…笑った真田の笑顔に、志乃は嬉しそうに微笑んだ…。


END
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