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ここは「文風月」内、FF置き場です. カテゴリに作品名が入っていないものは「八雲」
2024年05月20日 (Mon)
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2013年01月07日 (Mon)
新・組版作業室の凪さんとのコラボ作品。

リレー小説で日替わりで更新いたしますので、明日は凪さん宅の更新です。

お楽しみに!


以下、注意事項。

・メールでのやり取りのコラボなので、全体的に一度の更新が短めです。
 なので、2~3話を一つの記事にまとめます。
 新しい記事を上げるまでは、最終更新↓を参照していただければ幸いです。

・途中からパスワード制になります。
 まぁ、それは随時お知らせします。


最終更新 1月15日

志乃サイド8です。

そして私通。for 凪さんへ

どうもメールの調子がおかしいらしく、ログインでません。
指摘された場所…覚えている範囲で修正しましたので、チェックお願いします。

あとはメールにて……。




返事より早く、ドアが開いた。
それに驚きながら、顔をのぞかせた彼に向って口を開いた。
「あ、あの、こんばんは。」
「どうした?」
不思議そうな顔をして…特に膝の上のノートパソコンをみて彼はそういった。
「こんな時間にごめんなさい。ちょっと、お話ししたいことがあって…」
より一層、不思議そうな顔をしたけれど、気を取り直したらしく明るい声が聞こえてきた。
「廊下じゃ何だから、入れよ。」
ドアを大きく開けて、道をあけてくれた。
彼が作ってくれた道をゆっくり車いすで進む。膝のパソコンを落としてしまっては大変だ。
「パソコンを使うなら机の方がいいよな。」
そう、声がして、壁際のライティングデスクの椅子をずらして場所をあけてくれた。
そうして、膝の上のパソコンを机の上に置いた。
何から何までしてくれる。
王子様みたいだと…思ってしまった自分が恥ずかしい。
「電源は?」
「バッテリーで大丈夫です。」
「そっか。」
そういった彼は、車いすの隣にあるラライティングデスクの椅子に座った。
聞く体制はできた体制である。
まず、言わなければいけないことは、謝罪だ。
「昼間はごめんなさい。」
そういいながら、頭を下げる。
「昼間?」
不思議そうな声につられて顔を上げる…とまっすぐな視線と目があった。
「…脳内メーカーのことです。」
あぁ、あれか…というよう微かに頭が上下する。
「『遊』でいっぱいなのを見せるつもりだったのに、姓と名の間のスペースを全角で入力したら、あんなことに…」
パソコンをスリープから起こし、操作する。
脳内メーカーの、本来見せたかった画面を表示する。頭の中がオレンジ色の「遊」で埋め尽くされている画面。
「こんな些細な違いで結果が変わっちまうんだな。」
「本当にごめんなさい。」
こんな些細なことに気がつくまでだいぶ時間がかかってしまった。
「いいって。気にしてねぇから、志乃も気にすんな。元々ジョークみたいなもんで、それこそ『遊び』だろ?」
「違います!」
ジョーク、という言葉につい…反応してしまった。
仕事に追われていても、いちばん深いところでは、恋をしている。
まさに今その状態なのに…それを「遊び」という言葉で片付けてほしくなかった。
「勿論これはジョークサイトですけど、結果はジョークなんかじゃありません!」
「…おれの頭ん中は『H』か『遊』でいっぱいだってことか?」
それは…
「! 違います! 真田君じゃなくて!」
「…志乃は…恋してるのか?」
言い終わるより早く、彼の声が聞こえてきて…はっとした。
あわてて口を押えて…真っ直ぐな彼の視線から目をそらせた。
顔が熱い。完全に墓穴を掘ってしまった。恥ずかしくて泣きたくなる…。
おそるおそる、彼の顔を見た。
「…おれは…うぬぼれていいのか?」
その返事のように…そう、聞こえてきた。
「自惚れ…る?」
「その、相手はおれか?」
くいっと親指を立てて、自分の顔を指し示す。
直球な言葉に…
真っ直ぐな視線に…
射抜かれてしまった。
心臓の音だけが、やけに煩い。顔が熱い。
思わずギュッと目を閉じた。
「……志乃。」
思った以上に、近くでその声が聞こえて…驚いた。
目をあけると、視界に銃創が見える。
彼の右額についているそれ……。
「志乃、おれはさ…」
「まっ…まってください!」
あわてて、腕を突っぱねる。思った以上にすんなり体が離れた。
「なん、だ?」
少し、遠くなった彼の声。
「き、公香さんが…」
彼女も、きっと彼が好きなんだ。
それは、言葉の端々からわかる。姉弟のような立場だけど…本当は……。
「公香?」
不思議そうに、その名前を呼ぶ。
「公香さんは…真田君のことが……。」
そこまで言って、急に苦しくなった。
いつものように笑いあう二人が脳裏に浮かぶ。
自分に入る余地がないのは、わかっている。
それでも…
もし…二人が「恋人」になったら、自分は心から祝福できるんだろうか。
ちくちくと胸が痛んでいたのに、今はなにか…どろどろの黒い塊が胸を支配しているようだった。
嫉妬以外の何物でもないと、わかっているけれど、認めたくない。
「今、公香は関係ねぇよ。」
少し、イラついたような声が聞こえてきた。
「公香が、どう思ってようが、おれの気持ちはかわんねぇよ。」
これって…やっぱり…
告白…なのかな。
どこか、他人行儀に物事を客観視しているのは
若干オーバーヒート気味なのが原因だ。
いろんな意味で、許容範囲を超えている。
「志乃、おれは…」
もう、何か言う元気は残ってない…。

「志乃…?」

気が付いたら…目の前に彼のシャツが見えた。
腕が身体に回され、優しく背中を撫でられている事に気が付いた。
意識が無い間、いったい何があったのか…わからない。
わかるのは…今、ものすごく恥ずかしい状態だということ。
顔が熱い…し、恥ずかしくて泣きそうだ。

「…志乃。」
名前を呼ばれて…ゆっくり顔を上げる。
少し、戸惑ったような彼と目が合った。
「…おれは…志乃が好きだ。」
言葉の意味を理解するより早く、矢継ぎ早に言葉が聞こえてくる。
「……だから…志乃が…欲しい。」
ようやく、最初の言葉を理解して…身体か固まった。それを助長するかのように、身体に回っていた腕に力がこもった。
「志乃…」
返事を、求められている…。
と、分かるけれど、気持ちの整理がつかない。

だって…。

だって……。

「真田…君。」
思い切って、名前を呼ぶ。
「…どうした?」
少し、緊張したような返事が聞こえてきた。
その声に決心が揺らぐ。

ふと思い出すのは花占い。
「好き」「嫌い」を繰り返し、花びらを一枚ずつ取っていく。
どちらになるかなんて、数を数えれば分かっている事なのに、最後まで、どちらになるか、分からないふりをする。
自分の気持ちに嘘はつけないけれど、精一杯の強がりだった。
「私…じゃ、だめです。」
「…志乃?」
弱々しい声が…聞こえて来た。彼のこんな声は初めて聞く。
「……私は、真田君の足枷になりたくないです。」
目の前にある、シャツを握り締める。
自由奔放で、無鉄砲で、無茶ばかりする。
それでも、決して諦めない彼に助けられた命はたくさんある。

私も、その一人。

これからも、彼は変わらないんだろう。
喧嘩もするだろうし、バイクを壊したりもすると思う。
それでも、真っ直ぐ、前だけをみて突き進む。
今自分ができる事を全力でする。
それが、彼らしさ。だから。


…足枷にはなりたくない。

私は、歩けない………。

いつまでたっても、籠の中の鳥で…
そんな私に、外の世界を自由に駆け回る彼をつなぎ止める権利は無い。

そんな事は、したくない。

私は…

今の彼が、好きだから。

だからこれは、精一杯の強がりだ。

「私じゃ、真田君には釣り合わないから。」
震える手をシャツから離し…自分の膝の上に乗せる。
動かない、この足…。
「…私じゃないほうがいい。そのほうが…真田君は幸せになれる。」
足が治らなかったら…一生車椅子生活で…。
ずっと介助をしてもらうなんて、嫌だ。
精一杯の強がりだ。笑いたい。
「…私は、真田君に幸せになってもらいたいの。命の恩人だから。」
彼を見上げて…笑った。
上手く笑えたか…分からないけれど…。
真っ直ぐ見つめてくる彼の瞳に、自分が写っている。
もう少しだけ、写っていたい…っと、思ってしまう。

決めたはずなのに…。

「…どうして、おれの気持ちを、志乃が決める?」
じっと…見下ろしていた彼の口から、そう声がした。
はっきりした…何かを決心したかのような声。
「え?」
「…おれの幸せは、おれが決める。」
そう聞こえたかと思うと、苦しいぐらいに、強く抱きしめられた。
「好きだ。志乃が好きだ。…言葉じゃたりねぇぐらいに…おれは志乃が好きなんだ。」
「…………………」
言わないで、と思う反面、嬉しさが込み上げてくる。
矛盾している、感情。
「好きな人と一緒になることが、一番幸せだって、誰にだって分かるだろ。おれは、志乃と一緒に居たい。志乃が好きなんだ。」
紡がれる言葉のすべてが、幸せにしてくれる。
夢でも良いと…本気で思った。
「…おれだって、志乃には、幸せになってほしい。…志乃が、嫌なら…おれは“同僚”のままでいい。」
「……………。」
嫌だなんて…思った事はない、それでも…。
「おれは、志乃の気持ちを聞きたい。言い訳とか、建前とかはいらない。志乃の…本心が聞きたい。」
「……………。」
ぎゅっと…唇を噛んだ。
素直に気持ちを伝えられたら…どんなに楽だろう。
あなたが好きですと…素直に言えたら……。
〔あなたにそんな権利は無い〕
もう一人の自分が、冷たくそう言い放つ。悪魔のような、冷笑を浮かべる。彼女。
〔あなたの父親のせいで、彼の両親は死んだのよ。あなたに、自分の幸せを望めるはずが無いじゃない。〕
分かっている…
そんな事は分かっている…
それでも、彼なら…
「志乃?」
腕が緩められ、身体が少し離れる。
彼なら…大丈夫だと…言ってくれる。
「志乃…おい、志乃?大丈夫か?」
そう、信じたい。
だか…ら。
「真田君が…好き。」
声が擦れながら…やっとの思いで、言葉にした。
「好き、だから…幸せになって、もらいたい。」
それが、私にできる精一杯の償いだ。
気が付いたら、ポロポロと涙がこぼれていた。
「だから…私は……」
強がって、身を引こう。
この恋から
「!?」
次の言葉を言うより早く…
口を…塞がれた。


キスされていると…分かったのは…随分たってからだった。




「…っ……んぅ…」
呼吸が苦しい。
息ができない…。
キスをされてるとわかってからも何もできずにいた。
「悪い!」
そう、聞こえて…慌てたように体が離れた。
口から酸素をめいっぱい吸い込む。
浅い呼吸を繰り返しながら…彼を見上げた。
心配そうな表情の彼と視線がぶつかる。
「……あたしは……幸せに…なっちゃ…いけないの…」
伝えたい思いを、浅い呼吸の中で絞り出した。
「…どうして?」
「……あたしの…パパのせいで…真田君の…ご両親は」
脳裏に、あの映像が蘇ってきて苦しくなる。
「違う!」
思わず聞こえてきた大きな声にびくっと体が震えた。
「あの時はおれもそう思った。だから引き金を引こうとした。でも違うんだ!」
何かを訴えかけるような力強い声。
「志乃の親父さんは志乃を人質に取られて、仕方なく協力していた。主導権は向こうにあったんだ。親父さんが対応策を指示できるわけがねぇ」
この声に…何度励まされたか分からない。
「長谷川か別の誰かだったかは分からねぇけど、麻薬密売組織側からおれの親父の行動を聞かされて、自ら『殺せ』と命令するよう話を持ってかれたんだ。殺人に加担させて、負い目を大きくすることで、ますます言いなりになるように」
それでも……
一度流れ出した涙は止まってくれなくて。
過去を変えることは…できるはずがない。
パパと距離を置いて、見ないふりをしていたのは事実。
あたしが背負わなければいけない…罪だ。
「…志乃の親父さんは必死だったんだ。交通事故に見せかけて奥さんを殺されて、生き残った一人娘を守るために」
「…でも…パパは……大勢の人を…」
大勢の人を不幸にした。間接的にとはいえ殺した。
許される。ことじゃない…。
「志乃の親父さんが関わらなくても、邪魔になる奴はあいつらが殺してた」
「……」
「見方を変えるんだ。おれたちは、両親を麻薬密売組織に殺された。そうだろ?」
嬉しかった。
加害者ではなく被害者といってくれて…。
何も悪くないと、言ってくれているようだ。
それでも…
「……やっぱり…だめです」
うつむくと、視界に入る自分の足、そして車椅子。
「どうして?」
「…あたしは…歩けないから…」
パパのことを置いておいても…ハンディがあるには変わりない。
「今は、な」
「…え?」
「自分の足で立てるようになったじゃんか」
彼の顔を見ると…自信に満ちた瞳と口元に小さな笑みを浮かべている。
涙で、ぼやけてしまっているけれど……。
「…支えてもらってようやく、です」
「志乃は、おれと出会ったばっかの頃は『自分の足で歩く』なんて考えもしなかったろ? そっからここまで来たんだ、すげぇ進歩だよ」
「……」
「志乃は歩けるようになる。走れるようにだってなる。免許を取って、颯爽とバイクを乗りこなしちまうかもな」
楽しそうにそういう彼に…つられてしまいそうになるけれど…私はそこまで楽観的にはなれない。
「どうして、そんなことが言えるんですか」
「志乃は諦めねぇだろ?」
「!」
「おれは信じてる。いや、確信してる。志乃は絶対歩けるようになる」
自分以上に、自分を信じてくれる人が、こんなにそばにいる。
それが…嬉しかった。
悲しみではない涙が頬を伝う。
困らせてるとわかっているのに、涙が止まらない。
泣きやむまで…ずっと頭の上で手が動いていた。
こんな風に頭を撫でられるのも…嫌ではない。

この人に…何か返してあげたい。
何もできないけれど…なにかしてあげたい。

指で涙を拭い…彼を見上げた。
随分恥ずかしいところを見せてしまった。人前でこんなに泣くなんて…。

「…志乃」
頭を撫でていた手は、いつの間にか彼の膝の上に乗っている。
「はい?」
「…さっき、おれのこと『好き』って言ってくれたよな?」
その事実に、今まで忘れていた反動のように顔が熱くなった。
「……はい」
頷くだけでは足りない気がして…声に出して肯定した。泣いたからか…少し声が擦れてしまった。
「山縣さんと公香のことも『好き』だろ?」
「ええ、勿論」
なぜ、それを聞くのかわからずに…返事をしたあと少し首をかしげる。
どちらも、大事な仲間だ。
身寄りのない私にとっては家族といっても過言ではない。
「落ち着いて、よく考えてくれ」
真剣そうなその声、息を整えるように、呼吸したのがわかった。
「…三つの『好き』は、全部おんなじか?」
真っ直ぐな視線とともに…そう、質問が投げかけられた。
「……………いいえ。」
少しの沈黙の後、小さく…そう返した。
自分でもわかってる…はっきりと、違う。
彼は、特別だった。
「真田君が…好きです。」
「志乃……。」
「それは…家族に対する“好き”や嫌いじゃないというだけの“好き”じゃなくて…」
膝の上で、手を握り締める。
「……ひ、一人の人として…真田君が…好き…です。」
尋常じゃないほどに、心臓がはねている。
恥ずかしくて顔が見れない…。
それでも…ちゃんと想いを伝えたかった。
本当に…好きだから。
「おれも、志乃が好きだ。」
聞こえてきた、同意の言葉に…顔を上げる。
人なつっこい…笑顔がそこにあった。
「仕切り直しだ。…さっきは悪かった。」
「さっきって…?」
キョトンとして…彼を見上げると…少し呆れ気味の笑顔がそこにあった。
彼から…何か悪いことをされた記憶はない。
何のことだろうと…思っていると耳元の髪が揺れた。
指で、耳に髪をかけられる。そしてとても近くで声が聞こえた。
「目、閉じてくれ」
あまりに近すぎる声と…耳に吐息がかかって驚いた。
「あ…。」
仕切り直し、の意味が分かって…かぁっと顔が熱くなる。
そんな、改まって言われると恥ずかしくてしょうがない。
「志乃…。」
苦笑しながら、名前を呼ばれた。
慌てて目を閉じる…がふと思って目を開ける。
「…どうした?」
「真田君も、見ないでください。」
あたりまえだけど、自分の目を閉じた顔を見たことはなく。
なんとなく照れくさい。
「分かった。」
そう頷いて…ゆっくり彼の顔が近づいてきた。
見ているのも恥ずかしいのでギュッと目を閉じた。
頬に、指が触れた。
そして唇に触感。
キスしてる…っとわかると…頭に一気に血が上った。
お風呂でのぼせたようにボーっとしてしまう。
「さな…だ…くん。」
唇を解放されて…その名前を呼んだ。
体が熱くてしょうがない…たくさん泣いたし、今も顔が真っ赤だろう。
少し、落ち着かないと…また迷惑をかけてしまう。
「…なんだ?」
切羽詰まったような…どこか切なげな声が聞こえてきた。
「お水…。飲みたい…です。」
その、お願いに彼は即答してはくれなかった。
「真田…くん?」
沈黙が怖くて。もう一度名前を呼ぶ。
「わかった、とってくる。」
はっとしたように…彼はそういって椅子から立ち上がった。
「すぐ戻る。」
そういって…逃げるように部屋を出て行ってしまった。



少し、落ち着かないと………。
自分にそう言い聞かせて、意識的に深呼吸をする。
随分取り乱してしまった。
こんなに泣いたのは久しぶりで…年甲斐もなく泣きじゃくってしまった。
それでも…少しだけ胸の蟠りが取れた気がする。
歩けるようになると、信じてくれる人がいる。
彼がいる限り…頑張れる。
膝の上の手をぎゅっと握る。
「うん。大丈夫。」
帰ってきたら、お帰りなさいと言って出迎えよう。
それから「ありがとう」も。
そんなことを考えながら、呼吸を落ち着かせる。
ふぅっ…とを吐いて…ドアのほうを見やる。
まだ、彼は帰ってこない。
ふと、思って部屋を見渡す。似たような作りの部屋でも、ずいぶん雰囲気が違う。
雑誌がずらり。
尾行の小道具でも使うバイクの雑誌というのは、背表紙からわかる。
段ボールの中にはよくわからない部品が入っている。
また何か、改造するつもりなんだろうか。
はっと…まじまじと見てはいけないと我に返る。
プライベートな場所を覗かれていい気がする人はいない。
ふぅっと…息を吐いたところで…ドアが開いた。
「お帰りなさい」
なんだかそのセリフは…新婚のようで…
少し照れながらそう言った。
「悪かったな。待たせちまって」
トレーにグラスを二つと、ペットボトルの水を持ってきてくれた。
首を微かに横に振る。自然に笑顔になってる自分に気づく。
それ、なのに
彼は何かに耐えるような…どこか苦しそうな表情を一瞬浮かべた。
「真田君?」
どうしたんだろう?何か、あったんだろうか。
「あ、いや、何でもねぇ」
大丈夫、と言うように笑って…持ってきてくれたグラスに、水を注いでくれた。
「ありがとうございます」
体が、水分を欲していたのがわかったので、こくこくと飲み干した。
空になったグラスに、また水を注いでもらった。
「おれも」
トレーとそれに乗っているペットボトルを机の上に置いて、もう一つのグラスに水を注ぐ。
乾杯をするように、カツンとグラスが鳴る。
そんなに時間がかからないうちに500mlのペットボトルを空にしてしまった。
「もうこんな時間か」
そんな声がして…彼は腕時計に目をやった。
そうして、目が合う。
「そろそろ寝とかねぇと、明日がキツイぜ」
そういわれて、起動したままだったパソコンを見る。
スクリーンセイバーを解除し、時刻を確認すると…確かに。
「ごめんなさい…こんな時間…まで。」
「気にすんなって、一人で帰れるか?」
「大丈夫です。」
にっこり笑うと、安心したように彼も笑ってくれた。
パソコンを切り、膝の上に乗せる。
彼はその間、ドアを開けて待っていてくれた。
「ありがとうございます。」
車いすで部屋の外まで移動し、彼を見上げた。
「…真田君。」
「ん?どうした。」
「少し、耳かしてください」
立てない私はこうするしかないけれど。
「耳?」
不思議そうに首をかしげながらも…体を屈めてくれた。
「おやすみなさい。」
耳元でそう、囁いて…頬にそっとキスをした。
「…志乃?」
「おやすみなさい。」
ものすごく恥ずかしいけれど…ちょっと、恋人らしい事をしてみたかった。
「…おやすみ。」
するのも恥ずかしいけれど…されるのも恥ずかしいというのがよくわかった。
「…やっぱり、部屋まで押していく。」
「……お願いします。」
最初にキスをしたのは自分だけど…
こんなに、照れくさいとは思わなかった…。
結局、部屋の前まで車いすを押してもらった……。






「…志乃」
「はい?」
ドアの前で名前を呼ばれて後ろを振り返った。
隣に立った彼を見上げると、頬に何かの感覚があった。
ちゅっと…小さく音がしたのが聞こえて…顔が赤くなる。
「…真田君?」
照れながらも、真意が聞きたくて名前を呼んだ。
小さいころ、パパやママがしてくれたおやすみなさいのキス。
大好きだという気持ちを込めてくれたそれ。
「おやすみのキス」
いたずらが成功した子供みたいに、にやりと笑って彼がそういった。
「…いきなりしないでください。ビックリしちゃいます」
「おれもビックリしたぜ?」
「ぁぅ…」
それを言われると、反論ができない。
それでも、パパとママがしてくれたように、彼にしたかった。
大好きですというのを、伝えたくて…。
「…志乃」
「…はい」
返事をして、彼を見上げた。
「…覚えておいてくれ。おれは、いつだって……が欲しいんだ」
途中がよく、聞こえずに首をかしげた。
それでも…彼が何か欲しいらしいというのは分かった。
「あたし、真田君にあげられるものなんて何も持ってません」
でも、何がほしいのかがわからない。
今、持っているものといえば膝の上のパソコンぐらい。
自分の部屋の中には、いろいろなものがあるが、どれも彼が欲しがるようなものとは思えない。
「あー…その、つまり…おれが言ってるのは物じゃなくてだな…」
言葉を濁しながら、彼はそういったけれど…物じゃない…ものっていったいなんなんだろう。
謎かけのようだと思いながら…首をかしげる。
「……まぁいいや。早く寝ろよ。おやすみ」
物わかりが悪い子供に呆れたみたいに笑って。頭を撫でられた。
「あ、おやすみなさい」
子ども扱いされた不満を言うより早く、踵を返してしまった彼に、慌ててその挨拶をした。

返事は、何も来なかった。

そのことに少しの寂しさを噛みしめながら…部屋に入った。
「あ……。」
後ろで、ドアが閉まってから…気が付いてしまった。
ノートパソコンを、そのまま持ってきてしまった。
「……どうしよう。」
仕事で使っているそれ。
デスクトップ型のパソコンは事務所にあるが持ち運びができるのはこれだけ。
一応、ファイル共有の設定はできているけれど…私物ではないものを一晩持っているのも気が引ける。
やっぱり、戻しに行こう。
翌朝、何か急な用事があるかもしれないし、いつもあるものがないことは、余計な混乱を招く元になる。

ほんの数分のことだ。

それにまだ…ドキドキしていて眠れそうにない。

膝にパソコンを乗せたまま、ハンドリムを回し、向きを変えて…部屋から出た。
寝ている人を起こさないように、音に注意しながら車いすを進める。
電動スロープを使い、一階に降り、事務所として使っている部屋へ向かう。
廊下を進んでいるうちに事務所のドアの隙間から、明かりが漏れているのに気が付いた。
誰かいるのだろうか?
まさか泥棒?
そんなことを考えて頭を振った。
昔の名残で、セキュリティーはしっかりしているはず。
昼間は切っているけれど、夜は何かあったら警報器が鳴るようにしている。

誰か、電気を消し忘れたのかな。
自分は消して部屋を出たはずだから、そのあと使った誰か。
そんなことを思いながらドアを開けた
「真田…君?」

数分前に分かれた…彼がそこにいた。


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