カルテに書き込まれている文字
斉藤八雲。
それがこの目の前の患者の名前。
外傷、ほぼ完治。
内傷、右半身不随。
原因、車との衝突。
入院服に身を包んで居るも、外見はまったく病的なものは感じられない。
健常者そのものだ。
「リハビリはどうですか?」
「何も問題はありません。」
「そうですか。回復が早いようですね。」
「早く治りたい…ですから。」
そのあと、2、3回言葉を交わしその医者は部屋を出た。
人間の身体はよくできている。
片方がダメになっても、大丈夫なように対になっているのだから。
右手がダメなら左手、右足がダメなら左足
右耳がダメなら左耳、右目がダメなら左目
とまぁ、こんな感じに…。
でも…
僕は、そうはいかない。
同じ役割をするものが対であるのだから…大丈夫なだけで…。
僕の目は、同じ役割をしない。
コンコンッとノック。
右耳では聞こえないが、左耳では聞こえる。
それで何も問題はない。
「八雲君、どう?調子は。」
意味がちゃんと理解できる。
「大丈夫だ。リハビリも順調だしな。」
言葉もちゃんと話せる。
「よかった。さっきそこで、先生に会ったの『回復力が凄いですね』って言ってたよ。」
でも、
「そうか…。」
やっぱり見えない。
正確に言えば
生きている部分が見えない。それ以外は見える。
どういう原理かは…本当に僕にも分からない。だが、服だけが…見える。
透明人間が服をきるとこんな感じだろうというような…。
彼女がどんな服を着ているのかは分かる。
だが、どんな髪型をしていて、どんな顔なのかは…。分からない。
「本当に…ごめんね…。」
左手に感じる温もり。
「なぜ、君が謝る?」
見えなくても…彼女はここに居る。
ゆっくり、その手を握り返す。
君は、自分を責めている…。
僕がこうなったのは自分のせいだと…思っているから。
「ごめんね…八雲君。ごめんね。」
「泣くな。大丈夫だから。」
だから、言わない。
君が…見えないことなど…。
君は何も悪くないんだ。
僕がこれを望んだのだ。
君のためなら…どんな犠牲を払ってもかまわないと…。
君の痛みを…苦しみを軽減させてやりたいと…。
そう望んだのだ。僕自身が。
逆に、それが…君を泣かせているんだから…皮肉なものだ。
もうこれ以上、君に闇を背負わせたくない。
泣かせたくない。
笑ってて…ほしいんだ。
たとえ、見えなくても……。
数日前、ドアの外から聞こえた君の声。
『どうして八雲君があんな目にあわなきゃいけないの?
八雲君が何をしたって言うの!?』
『返してよ!八雲君の…自由な身体を返してっ!!』
『返してよぉ…』
『帰ってください。あなたみたいな人に、八雲君を合わせたくないです。』
どこまでも、優しい君…。
僕のために…。
泣いたり苦しんだりする必要は無い。
これを聞いたときから決めていた…。
君には、いつも笑顔で居て欲しい。
だから
「もう…来なくていい。」
「え?」
「君とは、もう会わない。」
「や…雲……くん?」
「君は、僕と会うと辛いだろう?」
「私は…辛くなんて…」
「なら何故…泣く?」
「僕は君を…泣かせてばかりだ。なら、ここにこない方がいい。」
左手をそっと離す。
「君はもう、…ここに来る必要は無い。」
見えないにもかかわらず視線をそらす。
「どうして?どうしてそんなこというの?」
「じゃぁ、逆に聞く…なぜ、君はここに来る?」
「何故って…。八雲君は…私をかばって…こんなことになったんだよ?」
「それは、僕が望んだことだ。君のせいじゃない。」
「私は、八雲君の傍に居たい。それじゃダメなの?」
「…僕は、君の苦しんでる顔は見たくない。」
見えないのに、変な事を言ったなと…。自分でも思う。
だが、君は見えてると思ってるんだろう?
なら、それでいい。
これ以上、君が僕に負わせたと思っている傷は増やしたくない。
…君が、
僕というトラウマから
立ち直るために……。
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